『Helck』を序盤だけ読んだ人と、最後まで読んだ人では、この作品に対する印象がかなり違うはずです。
新魔王を決める大会へ、人間の勇者ヘルクが参加する。本人は満面の笑顔で「人間が憎い」「人間を滅ぼそう」と言い、魔族以上の身体能力で競技を突破していく。ヴァミリオが必死に警戒する横で、ヘルクは何をやっても妙に楽しそう。最初は、勇者と魔王という定番をひっくり返したギャグ漫画に見えます。
ところが、その笑顔の理由が見えてくるにつれて、同じ台詞の意味まで変わっていく。『Helck』のおもしろさは、笑いとシリアスが別々に置かれていることではなく、序盤に笑っていたものが後から物語の痛みへつながっていく構成にあります。
今回は「勇者と魔族が出てくる漫画」というだけでなく、価値観の反転、ギャグから深刻な物語への変化、正体の読めない主人公、敵だった相手との信頼、そして絶望を知った上で希望を選ぶところまで含めて、次に読みたい5作品を選びました。
『Helck』の魅力とは?
物語の最初で読者と同じ立場にいるのは、むしろヴァミリオです。人間の勇者が魔王決定戦に参加し、人間を滅ぼしたいと語っている。強すぎるし、いつも笑っているし、本心がまったく分からない。ヴァミリオがヘルクを疑うほど、読者も「この男は何者なのか」と気になっていきます。
ここで巧いのは、ヘルクの強さを謎解きの答えにしないことです。戦闘能力だけ見れば、彼が規格外であることは早い段階から分かります。本当に知りたいのは、「これほど強い人間が、なぜ人間側ではなく魔族の側にいるのか」。物語を動かすのは強さではなく、その選択に至った理由です。
そして中心にあるのが、ヘルクとヴァミリオの関係。最初のヴァミリオは彼を危険人物として監視します。しかし旅を続け、一緒に危険を切り抜けるうちに、「敵か味方か」という単純な分類では見られなくなっていく。反対にヘルクも、一人で抱えようとしていたものを少しずつ他者へ預けられるようになります。
さらに『Helck』では、人間=善、魔族=悪というファンタジーのお約束が崩されています。魔族にも生活があり、仲間を思う気持ちがある。人間だから正しいわけでも、魔族だから残酷なわけでもない。肩書きではなく「何を守ろうとしているか」で人物を見るように物語が読者を誘導していきます。
序盤ではヴァミリオの激しいツッコミや大会の珍競技で笑い、途中からヘルクの笑顔そのものが心配になってくる。それでも最後まで暗さだけには沈まない。どれだけひどいものを見ても、他人を信じ直せるかという問いが残るからです。
『Helck』が好きな理由は、「ギャグからシリアスへの落差」「勇者と魔族の善悪反転」「笑顔の裏に傷を抱えた主人公」「疑いから信頼へ変わる二人」「絶望の先で希望を選ぶ物語」に分けられます。ここからは、そのどこに惹かれたかで選べる5作品を紹介します。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『勇者が死んだ!』
『Helck』の「勇者という存在を最初からまともに扱う気がなさそうなのに、いつの間にか本気の勇者物語になっている」感覚が好きなら、まず『勇者が死んだ!』です。
農夫のトウカは、自分が掘った落とし穴で勇者シオンを死なせてしまいます。そして屍術師アンリの力によって、トウカの精神は勇者の死体へ。世界を救う旅へ出ることになりますが、本人は立派な英雄とは程遠く、欲望にも正直です。
序盤はかなり悪ふざけの強いコメディ。それでも旅が進むにつれて、勇者とは何か、誰かのために命を張るとはどういうことかが効いてきます。最初から完成された英雄ではないトウカが、ユナやアンリたちとの関係を通して少しずつ責任を背負うようになるところが肝です。
ヘルクは最初から強い勇者、トウカは勇者らしくない一般人という正反対の出発点。ただ、「勇者」という肩書きを一度笑いの対象にしてから、その意味を本気で問い直す構造はかなり近いものがあります。全20巻完結。くだらないギャグを笑っていたはずなのに、最後には仲間と戦う姿を素直に応援したくなる作品です。
2.『ダンジョン飯』
明るいファンタジーコメディだと思って読んでいたら、いつの間にか世界そのものの成り立ちへ踏み込んでいた――その感覚をもう一度味わいたいなら『ダンジョン飯』があります。
ライオスたちは、ダンジョン深部で仲間を救うため、食料代を節約して魔物を食べながら探索を続けます。最初は「この魔物はどう料理する?」という発想が笑いの中心。しかし食べるために魔物を観察することが、そのままダンジョンの生態や魔法、種族同士の価値観を知ることへつながっていきます。
『Helck』とよく似ているのは、ギャグがシリアスの邪魔をしないことです。ライオス、マルシル、チルチャック、センシの掛け合いは最後までおかしい。それでも、彼らが同じ食卓を囲んできた時間があるからこそ、危険な局面で誰を信じるかに説得力が出ます。
一方、『Helck』が人間と魔族の対立を大きな軸にするのに対し、こちらは生物、食欲、種族、欲望まで含めて世界を組み立てていく作品。ヘルクとヴァミリオの旅で「この世界についてもっと知りたい」と感じた人には特に合います。全14巻完結で、笑いと世界観が最後に一つへ収束する満足感があります。

3.『魔王城でおやすみ』
人間と魔族の立場がひっくり返っていること自体がおもしろかった人には、『魔王城でおやすみ』がぴったりです。
人間の姫スヤリスは魔王にさらわれ、魔王城で人質になります。普通なら勇者が救出するまで恐怖に耐える役ですが、本人が悩んでいるのは「どうすればもっとよく眠れるか」。寝具を改善するためなら魔物も設備も遠慮なく利用し、気づけば魔王側が姫に振り回されます。
『Helck』で魔族たちが「敵役」ではなく、仕事をし、悩み、仲間を気遣う普通の人々として見えてくる感覚に近いものがあります。スヤリス姫も魔王タソガレたちと日常を共有するほど、単純な人間対魔族という構図から外れていきます。
違いは、こちらが徹底して日常コメディ寄りであること。ヘルクの過去のような重いドラマを最優先する人より、ヴァミリオ、アズドラ、ピウイなど魔族側の生活感や掛け合いが好きだった人向けです。「敵の城なのに妙に居心地がいい」という関係が積み上がるほど、世界が少し平和に見えてきます。
4.『異剣戦記ヴェルンディオ』
『Helck』の作者・七尾ナナキが描く別のファンタジーです。同じ作者というだけでなく、「ふざけた会話のすぐ横に残酷な世界がある」という感触を求めるなら外せません。
傭兵として生きてきたクレオは、不思議な少女コハクと出会います。強大な力を持つ「異剣」が戦場を支配する世界で、二人が選ぶのは英雄になることではなく、兵士たちが立ち寄れる酒場を作ること。殺し合いが続く土地で、「戦わずに生きられる場所」を守ろうとします。
ヘルクとヴァミリオが最初は互いの本心を測りながら旅をしたように、クレオとコハクの関係にも分からないことが多い。それでも一緒に生活し、一つの場所を守る時間が信頼を作っていきます。
『Helck』よりも拠点づくりや戦争の色が強く、勇者と魔王の構図もありません。しかし、世界が残酷だからこそ日常の会話や仲間との食事が大切になる感覚はかなり近い。『Helck』を読み終えて「七尾ナナキの、笑えるのに急に胸を締めつけてくる物語をもう一度読みたい」と感じた人には、一番素直につながる作品です。
5.『葬送のフリーレン』
『Helck』の終盤で強く残ったのが、「勇者とは強い人ではなく、誰かの未来のために何を選ぶかで決まる」という感覚だったなら、『葬送のフリーレン』をすすめたいです。
魔王を倒した勇者一行の魔法使いフリーレンは、長命なエルフ。仲間だった勇者ヒンメルの死をきっかけに、自分が人間をほとんど理解していなかったことに気づき、人を知るための新しい旅へ出ます。
派手なギャグから急転する『Helck』とはテンポがかなり違い、こちらは静かな時間が中心です。しかし、「勇者」「魔族」「英雄」といったファンタジーの言葉を、その肩書きの中にいる人間から考え直すところはよく似ています。
ヘルクもフリーレンも非常に強い。それでも物語で本当に問題になるのは、力では解決できない記憶や後悔、人との距離です。過去の出来事が現在の旅の意味を後から変えていく構成も、『Helck』の過去編に惹かれた人なら入りやすいでしょう。
ヴァミリオがヘルクの心を理解しようとしたように、フリーレンも旅をしながら、もう会えない人が何を考えていたのかを知ろうとします。読み終えたあとに派手な勝利より、人が誰かへ残した小さな優しさが残るタイプの作品です。

まとめ
『Helck』に似た漫画を探すなら、ファンタジーや勇者ものというジャンルだけではなく、「どこからこの作品を好きになったか」で選ぶのがおすすめです。
勇者ものをギャグで壊してから本気の英雄譚へ変える感覚なら『勇者が死んだ!』。軽い設定から壮大な世界の核心へ進む構成なら『ダンジョン飯』。人間と魔族の立場を逆転させた日常コメディなら『魔王城でおやすみ』。七尾ナナキ作品特有の、笑いと残酷な世界の同居をもっと読みたいなら『異剣戦記ヴェルンディオ』。勇者の意味や、過去の仲間が残したものを静かに掘り下げたいなら『葬送のフリーレン』が向いています。
『Helck』で最も印象的なのは、世界を救えるほど強い男が、それでも一人では救われないことです。ヘルクを疑っていたヴァミリオが彼を知ろうとし、ヘルクもまた他者を信じ直していく。笑いながら始まった物語が最後に「誰かと一緒なら未来を選び直せる」という話へ変わっていく。その感覚が好きだったなら、この5作品にも、それぞれ違う形の希望があります。


