『ヒミズ』は、古谷実による青春と絶望を描いた青年漫画です。主人公の住田祐一は、ごく普通の人生を送ることを願う中学生。大きな夢を叶えたいわけでも、特別な人間になりたいわけでもありません。ただ平凡に生きて、平凡に大人になりたい。そんなささやかな願いを持っています。
しかし、住田を取り巻く環境は、その「普通」さえ簡単には許してくれません。家庭には問題があり、頼るべき大人たちも彼を守ってはくれない。追い詰められた住田は次第に自分自身を見失い、人生は望んでいたものとはまったく違う方向へ進んでいきます。古谷実の作品の中でも特に重く、人間の孤独や絶望を真正面から描いた一作です。
『ヒミズ』の魅力とは?
大きな魅力は、「普通に生きたい」という住田の願いがあまりにも切実に描かれているところです。漫画の主人公といえば、大きな夢や目標を持っていることも少なくありません。しかし住田が求めているのは、特別ではない人生です。その最低限とも思える願いすら遠ざかっていくからこそ、物語には強烈なやるせなさがあります。
住田自身も、ただ一方的にかわいそうな少年として描かれるわけではありません。傷つけられたことで他人を拒絶し、自分自身も危うい方向へ進んでしまう。周囲から手を差し伸べられても、それを素直に受け取れないことがあります。「助かりたいのに、助けを受け入れられない」という人間の複雑さが生々しく描かれています。
そんな住田のそばにいる茶沢景子の存在も重要です。彼女もまた自分の家庭や人生に問題を抱えていますが、住田との関係を通して必死に前へ進もうとします。二人は互いを完璧に救える存在ではありません。それでも、孤独な人間同士が誰かとつながろうとする姿が、暗い物語の中にわずかな温度を生み出しています。
また、『行け!稲中卓球部』などのギャグ漫画で知られる古谷実が、それまでの作風から大きく踏み込んだ作品としても印象的です。ところどころに独特のユーモアを残しながらも、家庭、暴力、孤独、生と死といった重いテーマを容赦なく描きます。その後の『わにとかげぎす』や『ヒメアノ~ル』へつながる、人間の滑稽さと狂気が同居した作風を味わえる作品です。
ここからは、『ヒミズ』のように、孤独を抱えた若者や壊れた家庭、生きづらさ、人生が思い通りにならない苦しさを描きながら、それでも人間が生きようとする姿を楽しめる漫画を中心に5作品紹介します。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『わにとかげぎす』
『ヒミズ』と同じ古谷実による、孤独な男の人生再出発を描いた作品です。32歳の富岡ゆうじは、スーパーの深夜警備員として働きながら、友人も恋人もいない生活を送っています。そんなある日、自分の人生があまりにも孤独だったことに気づき、「友達が欲しい」と願うようになります。
富岡は住田より年上ですが、自分の人生をうまく生きられない不器用さには通じるものがあります。人とつながりたいのに接し方が分からず、幸せになりたいのに自分から遠ざけてしまう。そんな情けなさと寂しさが、古谷実らしい笑いとともに描かれています。
『ヒミズ』を読んで、古谷実が描く孤独な人間や、笑える場面のすぐそばに絶望や不穏さが存在する独特の世界観に惹かれた人には特におすすめです。より大人になった人間の孤独を描いた作品として楽しめます。

2.『血の轍』
押見修造による、母親と息子の歪んだ関係を描いた心理サスペンスです。中学生の長部静一は、母・静子から強い愛情を受けながら暮らしています。しかし、ある出来事を境に、それまで優しい母親だと思っていた静子の別の顔が見え始めます。
静一はまだ子どもであり、簡単に家庭から逃げることはできません。母親を恐れているのに嫌いになりきれず、愛情と支配の間で少しずつ自分自身を見失っていきます。家庭環境が子どもの心へどれほど大きな影響を与えるのかが、息苦しいほど丁寧に描かれています。
『ヒミズ』で、子どもが親を選べないことの残酷さや、家庭によって人生を歪められていく少年の姿が印象に残った人におすすめです。派手な恐怖よりも、逃げ場のない家族関係によって人間が追い詰められていく作品を読みたい人に向いています。

3.『おやすみプンプン』
浅野いにおによる、少年・プンプンの成長と人生を長い時間をかけて描いた青春漫画です。恋や家族、友人、将来への期待など、少年時代には誰もが経験しそうな出来事から始まりますが、成長するにつれて人生は少しずつ複雑になっていきます。
「いつか幸せになれる」「大人になれば何かが変わる」と思っていても、現実は必ずしも期待した方向には進みません。自分自身の弱さや過去の選択、人との関係に苦しみながら生きる登場人物たちの姿には、青春という言葉だけでは収まらない重さがあります。
『ヒミズ』で、若者の孤独や絶望、未来に希望を持てなくなる感覚に惹かれた人には特におすすめです。どちらも単純な成長物語ではなく、「どう生きればいいのか分からない人間」を長い目で見つめる作品です。

4.『ボーイズ・オン・ザ・ラン』
花沢健吾による、冴えない会社員・田西敏行の恋愛と挫折を描いた青年漫画です。仕事にも恋愛にも自信がなく、何をやってもうまくいかない田西。しかし、ある恋愛をきっかけに、それまで逃げてきた自分自身と向き合うことになります。
田西は決して格好いい主人公ではありません。失敗し、嫉妬し、思い込みで暴走し、後になって後悔する。見ているこちらがつらくなるほど情けない場面もあります。それでも、自分の人生をどうにか変えようともがき続けます。
『ヒミズ』で、理想通りには生きられない人間の苦しさや、それでも何とか前へ進もうとする姿に惹かれた人におすすめです。年齢や物語の方向性は違いますが、きれいごとだけでは済まない人生を泥臭く描いているところに共通した魅力があります。

5.『リバーズ・エッジ』
岡崎京子による、学校や家庭に居場所を見つけられない高校生たちを描いた青春漫画です。主人公の若草ハルナと、その周囲にいる少年少女たちは、それぞれに秘密や孤独を抱えながら日々を過ごしています。
恋愛、暴力、いじめ、家庭など、若者を取り巻くさまざまな問題が描かれますが、登場人物たちの苦しみが単純な教訓へまとめられることはありません。理解し合えないまま、それでも同じ時間を生きている若者たちの姿が淡々と描かれます。
『ヒミズ』で、大人から守られる存在であるはずの少年少女が、自分たちだけでどうにか生き延びようとする姿に惹かれた人におすすめです。青春の明るさより、その裏側にある孤独や危うさを描いた作品をもっと読みたい人には特に相性があります。
まとめ
『ヒミズ』は、「普通の人生を送りたい」と願う中学生・住田祐一を通して、家庭、孤独、暴力、絶望、そして生きることを描いた作品です。特別な人間になりたいわけではない。ただ普通に生きたい。それすら難しい住田の姿だからこそ、物語には簡単に忘れられない痛みがあります。
古谷実作品ならではの孤独と不穏さなら『わにとかげぎす』、家庭によって少年の心が追い詰められる物語なら『血の轍』がおすすめです。若者の人生と絶望を長い時間軸で描くなら『おやすみプンプン』、情けなくても人生を変えようともがく姿なら『ボーイズ・オン・ザ・ラン』、行き場のない少年少女の青春なら『リバーズ・エッジ』も楽しめます。
人生は努力すれば必ずうまくいくわけでも、誰かが必ず救ってくれるわけでもありません。それでも人は、どこかで生きる理由を探し続ける。『ヒミズ』で、そんな人間の絶望や孤独、それでも消えきらない生への執着に心を揺さぶられた人なら、ぜひ今回紹介した5作品も読んでみてください。

