『るなしい』は、意志強ナツ子による“宗教純愛サスペンス”です。主人公は、「火神の子」として育てられた女子高校生・郷田るな。かつて同じ火神の子だった祖母の「おばば」と暮らしながら、鍼灸院で特殊なモグサを使った「自己実現」を売る信者ビジネスに関わっています。
学校では「宗教の人」としていじめられているるなですが、唯一の理解者であるスバルとは友人関係を築いています。そんなある日、いじめられていたるなをクラスの人気者・ケンショーこと成瀬健章が助けてくれます。
これをきっかけに、るなはケンショーへ初めての恋をします。しかし「神の子」であるるなに恋愛は許されません。普通の少女として誰かを好きになりたい気持ちと、火神の子として生きなければならない自分。その矛盾の中でるなが選んだのは、なんとケンショーを自分たちの「信者ビジネス」に引き込むことでした。
恋愛、信仰、ビジネス、支配、承認欲求。まったく別のものに見える感情が徐々に絡み合い、「好きだから信じるのか」「信じさせるために好きなのか」さえ分からなくなっていく。その危うさこそ『るなしい』最大の魅力です。
『るなしい』の魅力とは?
まず強烈なのが、主人公・るなが置かれている環境です。彼女にとって「火神の子」であることは、自分で選んだ職業でも趣味でもありません。幼いころから与えられた役割であり、るなの人生そのものとして組み込まれています。
そのため、普通の高校生なら当たり前に経験できる恋愛でさえ、るなにとっては許されないものです。ケンショーを好きになった瞬間、恋をする喜びと同時に、自分がこれまで信じてきた世界との矛盾が生まれます。
ここで面白いのが、るなが単純に信仰から逃げ出そうとはしないことです。ケンショーと一緒になれないなら火神を捨てればいい、とはなりません。むしろケンショーを自分の世界へ取り込み、「客」や「信者」として関係を作ろうとします。
この発想が、『るなしい』を普通の禁断の恋愛漫画とはまったく違う作品にしています。恋愛感情さえビジネスへ変換しようとする一方で、どれだけ割り切ろうとしても初めて知った恋心は消えてくれません。
さらにケンショーも、ただの爽やかな王子様ではありません。将来ビジネスで成功したいという欲望を持っており、「火神の医学」の世界にも関わっていきます。るなが一方的にケンショーを巻き込むだけではなく、ケンショーにもそこへ踏み込む理由があることで、二人の関係はますます複雑になります。
物語は高校時代だけでは終わりません。るなが突然学校から姿を消したあと、時間は大きく進み、10年後の彼らが描かれます。若者同士の初恋だったはずの関係が、大人になってからは金銭や仕事、人生そのものを懸けた関係へ変化していきます。
そして『るなしい』が面白いのは、宗教や信者ビジネスを単純に「異常な世界」として外側から眺めるだけではないところです。人はなぜ誰かを信じるのか。なぜお金を払うのか。恋愛、推し、自己実現、成功への憧れといった身近な欲望と信仰の構造が重ねて描かれます。
「自分は騙されない」と思っていても、自分が欲しい言葉をくれる相手が現れたらどうなるのか。誰かを好きになることと、その人を盲目的に信じることにはどれほど違いがあるのか。笑えるほど奇妙なのに、読んでいるうちに妙な現実味が感じられる作品です。
原作漫画は『小説現代』で連載され、全5巻で完結。最終第5巻は2025年7月に発売されました。また2022年には「週刊文春エンタ マンガ賞!」で最高賞を受賞。2026年4月からは原菜乃華主演でテレビドラマ化され、実写でもるなの物語が描かれました。
ここからは、『るなしい』のように、誰かを愛することが執着や支配へ変わっていく人間関係、家庭や周囲から植え付けられた価値観、そして普通の恋愛では終わらない危うい人間ドラマを楽しめる漫画を中心に5作品紹介します。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『泥濘の食卓』
伊奈子による恋愛サスペンス漫画です。スーパーで働く捻木深愛は、自分を優しく肯定してくれた店長・那須川夏生と不倫関係になります。しかし店長から別れを告げられたことで、彼女の「好き」は思わぬ方向へ進み始めます。
店長の妻が元気になれば、また自分と付き合ってくれるかもしれない。そんな独特な理屈から、深愛は店長の妻や息子にまで接近し、少しずつ家族そのものへ入り込んでいきます。
『るなしい』で、本人にとっては純粋な「好き」が、周囲から見ると恐ろしい行動へ変わっていくところに惹かれた人には特におすすめです。るなと深愛はタイプこそ違いますが、愛情と執着の境界が本人にも見えなくなっていく危うさがよく似ています。

2.『血の轍』
押見修造による心理サスペンスです。中学生の長部静一は、母・静子から強い愛情を向けられながら暮らしています。最初は少し過保護な母親に見えますが、物語が進むにつれてその愛情の異常さが浮かび上がっていきます。
子どものころから親によって作られた価値観は、本人にとって簡単に疑えるものではありません。静一は母親を恐れながらも、完全に離れることができず、自分の感情さえうまく理解できなくなっていきます。
『るなしい』で、おばばのもとで「火神の子」として育てられたるなの生き方や、幼いころから与えられた価値観が人格へ与える影響に興味を持った人におすすめです。「家族だから信じる」という関係が支配へ変わっていく怖さを強烈に描いています。

3.『往生際の意味を知れ!』
米代恭による恋愛サスペンスです。市松海路は、別れてから何年も経つ元恋人・日下部日和を忘れられずにいました。そんな彼の前へ突然日和が現れ、普通の復縁とは到底言えない奇妙な要求を突きつけます。
市松は日和がおかしいと分かりながら、それでも彼女への未練を断ち切ることができません。「好きだから」という理由によって、本来なら受け入れられないはずの条件まで受け入れてしまいます。
『るなしい』で、恋愛が人間の判断力を狂わせ、二人だけの奇妙なルールが形成されていくところが好きだった人におすすめです。愛情なのか依存なのか分からないまま、関係がどんどん深い場所へ進んでいく感覚があります。

4.『住みにごり』
たかたけしによる家族ドラマです。久しぶりに実家へ戻った末吉は、高齢になった両親と、長年無職のまま家にいる兄・フミヤとの生活を再び目の当たりにします。
最初は少し変わった家族に見えるだけですが、会話や過去の出来事が積み重なるにつれ、この家族が長い年月をかけて抱えてきた歪みが少しずつ見えてきます。
『るなしい』で、本人にとっては当たり前だった家庭環境を外側から見ると異様に感じる、という部分が印象に残った人におすすめです。人間は育った場所からどれほど自由になれるのか、家族が作った価値観から逃れることはできるのかという点でも重なります。

5.『惡の華』
押見修造による青春漫画です。文学好きの中学生・春日高男は、憧れていた佐伯奈々子の体操着を盗んでしまいます。その瞬間をクラスメイトの仲村佐和に見られたことで、彼の日常は大きく変わっていきます。
仲村は春日の秘密を利用しながら、彼の中に隠された欲望を引きずり出そうとします。周囲が求める「普通の自分」と、本当は自分の中にある衝動との間で、春日は次第に追い詰められていきます。
『るなしい』で、学校という閉じた環境の中で「普通ではない人」として扱われる苦しさや、自分の欲望と社会から求められる役割の間で揺れる青春が好きだった人におすすめです。恋愛が救いにも破滅にもなり得るところにも共通する魅力があります。

まとめ
『るなしい』は、意志強ナツ子による宗教純愛サスペンスです。「火神の子」として育てられた郷田るなが、いじめから助けてくれたケンショーに初めての恋をし、恋愛を禁じられた自分の世界へ彼を「信者」として取り込もうとするところから、二人の奇妙な関係が始まります。
純粋な愛が執着へ変化していく怖さなら『泥濘の食卓』、親から与えられた価値観と支配なら『血の轍』がおすすめです。異常な条件まで受け入れてしまう恋愛なら『往生際の意味を知れ!』、家庭によって作られる人間の歪みなら『住みにごり』、青春期の欲望と「普通」への違和感なら『惡の華』も相性のいい作品です。
恋愛も信仰も、目には見えません。それでも人は誰かを信じ、その相手のためなら時間やお金、場合によっては人生まで差し出してしまいます。『るなしい』を読んで、るなの奇妙な純愛を笑うだけでは済まず「自分だって同じ場所へ行く可能性があるかもしれない」と感じた人なら、今回紹介した5作品にも人間の厄介で恐ろしい感情が待っています。

