『おざなり君』は、浅野いにおによる全1巻完結のブラックコメディ漫画です。雑誌『CUT』で2008年6月号から2011年5月号まで3年間にわたって連載され、2012年に単行本化されました。基本的に1話が見開き2ページで構成されたショート作品で、全ページがフルカラーという、浅野いにお作品の中でもかなり異色の一冊です。
主人公は、株式会社村上商事販売促進部に勤める28歳の平社員・おざなりけんいち。入社4年目の会社員ですが、上司である45歳のやぶさかとしはる部長に対して暴言を吐いたり、突然暴力を振るったりと、とにかくやりたい放題。そんなおざなり君の奔放な行動と、それに振り回されるやぶさか部長の日常が描かれていきます。
序盤だけを見れば、落書きのようなキャラクターたちが暴走するシュールなショートギャグ。しかし物語が進むにつれ、おざなり君がなぜ部長にそのような態度を取るのか、そしてかつてバンドのドラマーとして活動していたやぶさか部長の過去などが明らかになり、作品の雰囲気も少しずつ変化していきます。
『おざなり君』の魅力とは?
まず強烈なのが、浅野いにおのほかの漫画とはまるで別人が描いたような絵柄です。『ソラニン』『おやすみプンプン』『ひかりのまち』などで見られる緻密な背景や写実的な人物描写とは大きく異なり、本作ではキャラクターも背景も意図的にラフで、落書きのようなタッチで描かれています。
しかも、そのラフな絵を全ページカラーで描いているというアンバランスさが面白いところです。きれいに整えられた漫画とは違い、線も形も自由。その画面の中でおざなり君が予測不能な行動を繰り返すため、作品そのものが作者の悪ふざけのような勢いを持っています。
基本となるのは、おざなり君とやぶさか部長の掛け合いです。会社員と上司という日常的な関係でありながら、おざなり君の行動には常識がほとんど通用しません。短いページの中で突然話が飛び、理不尽な展開のままオチへ突入する。そのテンポの良さがショートギャグとしての魅力になっています。
ところが、読み進めるほど単なるギャグ漫画では終わらなくなります。おざなり君が部長へ向ける異常な感情にも理由があり、やぶさか部長にもかつて「ペリー浦賀とリトルヒバゴンズ」というバンドでドラマーを務め、ロックキッズから人気を集めていた過去があります。最初は意味不明に見えた二人の関係に、少しずつ物語が生まれていきます。
笑っていたはずなのに、いつの間にか登場人物の過去や感情が気になっている。このギャグとシリアスの境界が崩れていく感覚は、『おざなり君』ならではです。短いエピソードを積み重ねながら、それまで見えていなかった人物像を浮かび上がらせていきます。
また、浅野いにお作品をいくつか読んでから本作に触れると、その振り幅の大きさにも驚かされます。作者自身が単行本発売時に「俺が本当に描きたかったのはこれです」と語ったほどの異色作で、浅野いにおという漫画家の別の一面を味わえる作品でもあります。
ここからは、『おざなり君』のように、シュールなギャグ、独特すぎるキャラクター、日常の中に突然入り込む狂気、そして笑いの奥に意外な人間ドラマを持った漫画を中心に5作品紹介します。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『伝染るんです。』
吉田戦車による、不条理ギャグ漫画を代表する作品の一つです。かわうそ、かっぱ、山崎先生など強烈なキャラクターが次々に登場し、常識的な説明を拒否するかのようなシュールなギャグが展開されます。
「なぜそうなるのか」を考えても答えが出ないまま話が終わることも多く、読者は作品独自の世界へ放り込まれます。しかし読み続けているうちに、意味不明だったキャラクターたちにも妙な親しみが湧いてくるのが面白いところです。
『おざなり君』で、普通の漫画とは違うテンポや、突然飛び出す理不尽なギャグが好きだった人におすすめです。説明しすぎず、読者を置いていくことさえ笑いに変えてしまう感覚には共通するものがあります。
2.『ギャグマンガ日和』
増田こうすけによる、歴史上の人物からオリジナルキャラクターまで、さまざまな題材を使ったショートギャグ漫画です。短いページの中へ大量のボケとツッコミを詰め込み、猛烈なスピードで物語が進んでいきます。
登場人物たちは基本的にまともではなく、会話をしているはずなのに話がどんどんおかしな方向へ進みます。絵柄もギャグに合わせて大胆に崩されるため、整った作画とは違った勢いがあります。
『おざなり君』で、短いページ数の中でキャラクターが暴走していくテンポや、ラフな絵だからこそ成立する笑いが好きだった人におすすめです。数ページだけ読むつもりが、独特のリズムに引っ張られて次々と読み進めてしまいます。
3.『ニーチェ先生〜コンビニに、さとり世代の新人が舞い降りた〜』
松駒原作、ハシモト作画による、コンビニを舞台にしたコメディ漫画です。アルバイトとして働く松駒の前に現れた新人・仁井智慧、通称「ニーチェ先生」。接客業でありながら独自の価値観を貫く彼の言動に、周囲の人々が振り回されていきます。
日常的な職場を舞台にしながら、普通なら言わないようなことを平然と言ってしまう人物を中心に笑いを作っているのが特徴です。職場の常識と強烈な個人のキャラクターが衝突することで、毎回予想外の展開が生まれます。
『おざなり君』で、会社というありふれた場所にとんでもない人物がいる面白さや、常識人が暴走する人物に振り回される構図が好きだった人におすすめです。職場コメディとして気軽に楽しめる作品です。

4.『女の園の星』
和山やまによる、女子高校の教師・星先生を中心にした日常コメディ漫画です。生徒が描いた絵しりとり、学級日誌、同僚教師との会話など、本当に何でもない学校生活から独特の笑いが生まれます。
大事件が起きるわけではありません。それでも人物同士の微妙な間や、予想外の発言、表情の変化によって、何気ない出来事が妙におかしく見えてきます。派手なボケに頼らず、日常そのものを少しずらして見せるタイプのコメディです。
ギャグの方向性は『おざなり君』よりかなり穏やかですが、登場人物同士の関係が積み重なるほど笑いが増していくところは共通しています。独特な会話の間や、作者にしか作れない空気感を持つ漫画が好きな人におすすめです。

5.『おやすみプンプン』
同じ浅野いにおによる、少年・プンプンの人生を小学生時代から追っていく長編漫画です。一見すると『おざなり君』とはまったく違う作品ですが、「あえて人物を普通の漫画とは違う姿で描く」という浅野いにおの表現を比較するなら外せません。
プンプンとその家族は簡略化された独特の姿で描かれる一方、周囲の人物や街は極めて緻密に描写されます。コミカルに見える表現が、物語が進むにつれて孤独や絶望を際立たせていくところも特徴です。
『おざなり君』で、ふざけた絵柄の奥から突然シリアスな感情が現れるところが印象に残った人には特におすすめです。作品の規模も雰囲気も異なりますが、漫画の絵柄そのものを物語の表現として利用する浅野いにおの面白さを、より深く味わえます。

まとめ
『おざなり君』は、株式会社村上商事販売促進部に勤めるおざなりけんいちと、彼に振り回される上司・やぶさかとしはるを中心に描いた、浅野いにおの全1巻完結のブラックコメディ漫画です。『CUT』で3年間連載され、基本1話2ページ、全ページフルカラーという異色のスタイルで描かれています。
不条理ギャグを存分に楽しみたいなら『伝染るんです。』、短いページで畳みかける笑いなら『ギャグマンガ日和』がおすすめです。職場で常識外れの人物に振り回される『ニーチェ先生』、独特な会話と間が魅力の『女の園の星』、浅野いにおによる「変わった絵柄とシリアスな物語」の組み合わせをさらに味わうなら『おやすみプンプン』も相性のいい作品です。
落書きのような絵で、会社員たちが意味不明なやり取りを繰り広げる。そんな作品だと思って読み始めると、いつの間にか二人の過去や関係が気になってくる。『おざなり君』で、シュールな笑いと人間ドラマが奇妙に混ざり合う感覚に惹かれた人なら、今回紹介した5作品もぜひ読んでみてください。

