『私を喰べたい、ひとでなし』は、苗川采による人外ホラー漫画です。2020年から『電撃マオウ』で連載されており、2026年3月にはコミックス第12巻が発売。2025年10月からはテレビアニメも放送されました。
主人公は、海辺の街でひとり暮らす女子高校生・八百歳比名子。凄惨な過去の記憶に囚われている比名子は、生きることに息苦しさを感じながら日々を過ごしています。そんな彼女の前に突然現れたのが、海色の瞳を持つ美しい少女・近江汐莉でした。
しかし汐莉は人間ではありません。その正体は人魚であり、比名子へ告げた目的は「君を喰べに来ました」という衝撃的なもの。比名子の血肉は妖怪にとって特別に美味しく、多くの怪異を引き寄せてしまいます。汐莉は比名子が最高の状態になるまで彼女をほかの妖怪から守り、いつか自分自身が喰べると約束します。
『私を喰べたい、ひとでなし』の魅力とは?
本作で最も印象的なのが、「守ること」と「喰べること」が同じ関係の中に存在しているところです。汐莉は比名子を襲う妖怪から何度も守ります。しかし、その理由は彼女を幸せにするためではなく、最終的には自分が喰べるため。優しさと捕食者としての欲望を簡単に切り離せない関係が続いていきます。
一方の比名子にとっても、汐莉は単純に逃げるべき怪物ではありません。過去の出来事によって深い喪失を抱えている比名子は、自分をいつか喰べるという汐莉の言葉に、恐怖だけではない感情を抱きます。自分の命を終わらせてくれるかもしれない存在として、彼女に希望のようなものまで見いだしてしまいます。
この二人の願いが決して同じではないことが、物語に独特の緊張感を生み出しています。比名子は死を望み、汐莉は彼女を生かそうとする。しかし汐莉が生かす理由は「いつか喰べるため」です。生きてほしいという願いと死んでしまいたいという願いが、奇妙な形で結びついています。
さらに、比名子の幼馴染みである社美胡も重要な存在です。比名子を大切に思う美胡と、比名子を喰べるために守る汐莉。そして二人の間にいる比名子。それぞれが相手に向ける感情には友情や愛情だけでは説明できない執着があり、人外ホラーでありながら濃密な関係性の物語として楽しめます。
海辺の街という舞台も、本作の雰囲気を強くしています。夏の日差し、静かな海、夕暮れの学校といった美しい風景のすぐ隣に、人間を喰らう妖怪が存在しています。穏やかな日常と怪異が自然につながっているため、きれいな場面ほどどこか不穏に感じられます。
そして『私を喰べたい、ひとでなし』は、怪物との戦いだけを目的とした作品ではありません。「生きたいと思えない人間を、それでも生かすことは救いなのか」という難しい問いが物語の根底にあります。汐莉たちとの関係によって比名子の心がどのように変化していくのかが、大きな見どころになっています。
2025年にはテレビアニメ化され、比名子と汐莉、美胡の繊細な関係や瀬戸内を思わせる海辺の風景も映像化されました。美しい少女たちの関係性と妖怪ホラー、そして喪失を抱えた少女の物語が一つになった、独特の作品です。
ここからは、『私を喰べたい、ひとでなし』のように、人ならざる存在との危うい関係、喪失や執着、少女同士の強い感情、日常の中に潜む怪異を描いた漫画を中心に5作品紹介します。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『光が死んだ夏』
モクモクれんによる、山間の集落を舞台にした青春ホラー漫画です。高校生のよしきは、幼馴染みの光が以前の光ではないことに気づいています。本物の光はすでに死んでいて、目の前にいるのは姿も声も記憶も光そっくりの「ナニカ」です。
人間ではないと分かっている。それでも大切な人と同じ姿をした存在を拒絶できない。よしきは「ナニカ」とこれまでのような日常を続けますが、二人の周囲では次第に不可解な出来事が起こり始めます。
『私を喰べたい、ひとでなし』で、人外に恐怖を感じながらも離れられなくなる関係や、愛情と怪異が混ざり合うところに惹かれた人には特におすすめです。田舎の美しい風景と不穏な怪異の対比にも共通する魅力があります。

2.『青野くんに触りたいから死にたい』
椎名うみによる、恋愛と怪異が融合したホラー漫画です。刈谷優里は初めてできた恋人・青野龍平を事故で失ってしまいます。深い悲しみに沈む優里の前に、ある日、幽霊となった青野が現れます。
大好きだった人が戻ってきたことで優里は喜びますが、幽霊となった青野との関係には次第に異様な現象が入り込んでいきます。相手を愛する気持ちは本物なのに、その愛情が強くなるほど死や怪異との距離まで縮まっていきます。
『私を喰べたい、ひとでなし』で、「死にたい」という感情と誰かを求める気持ちが同時に存在するところや、恋愛とホラーを切り離せない関係性が好きだった人におすすめです。愛情が救いにも恐怖にもなる作品です。
3.『兄だったモノ』
マツダミノルによる、人間の愛情と異形の怪異を描いたホラー漫画です。主人公の女性は亡くなった兄の墓参りをする中で、兄のかつての恋人と関わっていきます。しかし二人のそばには、死んだ兄そのものではない、おぞましい「兄だったモノ」が存在しています。
恐ろしい怪異が登場する一方で、物語を動かすのは残された人間たちの愛情や執着です。誰かを好きになること、死んだ人間を忘れられないこと、そして大切だった存在の代わりを求めてしまうことが怪異と複雑に絡み合います。
『私を喰べたい、ひとでなし』で、恐ろしい人外の姿と繊細な感情描写が同居しているところが好きだった人におすすめです。「化け物より人間の感情のほうが怖いのではないか」と感じさせるような濃密な関係を楽しめます。

4.『臓腑の花束』
ISHIDA UMIによる異種族ホラーミステリー漫画です。夏休みを離島にある祖母の家で過ごす少年・琉ノ介は、「絶対に入ってはいけない」と言われていた部屋を開けてしまいます。そこで彼が出会ったのは、明らかに人間ではない真っ赤な生き物でした。
その姿は恐ろしいのに、振る舞いにはどこか無邪気なところがあります。琉ノ介もすぐに逃げ出すのではなく、その存在と奇妙な関係を築いていきます。しかし相手が本当に安全なのか、そもそも何者なのかは分かりません。
『私を喰べたい、ひとでなし』で、「人間ではないから怖い、でもなぜか惹かれてしまう」という感覚が好きだった人におすすめです。海や夏の空気と怪異を組み合わせた世界観にも近い魅力があり、美しさと生々しい恐怖が同居しています。

5.『令和のダラさん』
ともつか治臣による、人間と怪異の交流を描いたホラーコメディ漫画です。物語に登場する「ダラさん」は、山に存在する恐ろしい祟り神。ところが人間の子どもたちと関わるようになったことで、怪異としての恐ろしさとはまったく違う一面が見えてきます。
人間から見れば化け物でも、本人には本人なりの感情や事情があります。交流を重ねるほど「人間対怪異」という単純な構図ではなくなり、人ならざる存在にも自然と愛着が湧いてきます。
『私を喰べたい、ひとでなし』で、人外にも人間とは違う価値観や愛情があるところが好きだった人におすすめです。こちらはコメディ色が強いため、同じ人外との交流をもっと明るい雰囲気で楽しみたい人にも向いています。

まとめ
『私を喰べたい、ひとでなし』は、凄惨な過去によって生きることに息苦しさを抱える女子高校生・八百歳比名子と、いつか彼女を喰べるために守る人魚・近江汐莉を中心に描く、苗川采の人外ホラー漫画です。2025年にはテレビアニメ化され、2026年現在も原作の連載が続いています。
人外と大切な人との境界が崩れていく『光が死んだ夏』、死への願いと愛情が交錯する『青野くんに触りたいから死にたい』は特に相性のいい作品です。怪異と人間の執着を描く『兄だったモノ』、夏と人外の不穏な交流なら『臓腑の花束』、怪異との関係をもう少し明るく楽しみたいなら『令和のダラさん』もおすすめです。
「いつかあなたを喰べる」という約束は、本来なら恐怖でしかないはずです。それでも比名子にとって汐莉との出会いは、自分の生と死をもう一度見つめるきっかけになっていきます。人外ホラーの怖さだけでなく、誰かを求めること、誰かに生きていてほしいと願うことの複雑さに惹かれた人なら、今回紹介した5作品もぜひ読んでみてください。

