極楽のように美しい島なのに、そこにいるものは人間を簡単に壊していく。
『地獄楽』には、最初から最後までこの矛盾した感触があります。
主人公の画眉丸は、死罪を言い渡された忍です。
生きることに執着していないように振る舞いながら、処刑されそうになるたび身体は生存を選ぶ。その理由として浮かび上がるのが、もう一度会いたい妻の存在です。
無感情な殺人者として生きてきた男が、実は誰よりも「帰りたい場所」を持っている。
そこへ処刑人の山田浅ェ門佐切が現れます。
二人は仲間として出会うわけではありません。画眉丸は死刑囚、佐切は彼を監視し、必要なら斬る側の人間です。
ところが不老不死の仙薬を探すため神仙郷へ渡り、生き残るために行動を共にするうち、「罪人と処刑人」という単純な境界が崩れていきます。
『地獄楽』の魅力は、異形との激しい戦闘だけではありません。
死にたくないと認めること。弱さを隠さないこと。自分とは正反対に見えた相手から強さを学ぶこと。
今回は、そんな『地獄楽』の核にある「生と死」「人間と怪物」「強さと弱さ」の境界まで楽しめる漫画を5作品選びました。
『地獄楽』の魅力とは?
神仙郷へ上陸した直後、『地獄楽』は奇妙なサバイバル漫画になります。
島には極彩色の花が咲き、仏像を思わせる存在や奇妙な生物が現れる。
風景だけなら美しい。
しかし、その美しさのすぐ隣に死があります。
この「美しいからこそ気味が悪い」という感覚が、本作独特の世界を作っています。
さらに島へ送られたのは、画眉丸だけではありません。
癖の強い死刑囚と、それぞれを監視する山田浅ェ門の処刑人たちが同時に上陸します。
最初は全員が仙薬を奪い合う競争相手です。
ところが島の異常さが分かるほど、人間同士で争っている場合ではなくなる。
敵だった者が協力し、監視する側とされる側の間にも信頼が生まれる。
この関係の変化が、単純なデスゲームとは違うおもしろさを生んでいます。
特に画眉丸と佐切は、お互いに欠けているものを映すような関係です。
画眉丸は圧倒的に強い。しかし感情を殺すことこそ強さだと教え込まれてきました。
佐切は剣の腕を持ちながら、迷いや恐怖を抱く自分を弱いと思っています。
ところが島では、感情を完全に捨てることも、迷いを完全に消すことも正解ではありません。
弱さと強さを同時に持つことが、生き残るための力になっていきます。
この考え方は、物語後半で重要になる「陰と陽」の感覚ともつながります。
どちらか一方だけが完全なのではなく、相反するものを同時に抱える。
生きたいのに死を恐れる。強いのに迷う。敵なのに大切になる。
『地獄楽』では、人物も世界もそんな矛盾の中で変化していきます。
だから読み終えたあとに残るのは、凄惨な戦いの印象だけではありません。
「生きたい」と言えることそのものが、ひとつの強さなのだと感じられる作品です。
おすすめの作品を詳しく紹介
1.『チェンソーマン』
人間と怪物の境界が壊れていくバトルが好きなら、『チェンソーマン』はかなり相性のいい作品です。
主人公のデンジは、立派な大義を持って戦い始める人物ではありません。
腹いっぱい食べたい。普通の暮らしがしたい。誰かに好かれたい。
欲望は驚くほど俗っぽい。
しかし、その小さな欲望こそ彼が生きる理由になります。
ここは画眉丸にも通じます。
世界を救いたいからではなく、妻のもとへ帰りたいから生きる。
壮大な世界の中で、主人公を動かす理由だけは個人的です。
また『チェンソーマン』では、人間らしく見える怪物と、怪物より残酷な人間が次々に登場します。
見た目や所属だけでは誰が「人間らしい」のか判断できない。
『地獄楽』の天仙や死刑囚たちを見ながら、人間と怪物の違いについて考えた人には特におすすめです。
激しい戦いのあとに妙な寂しさが残る読後感も近い作品です。

2.『鬼滅の刃』
剣戟、怪異、人間を食らう存在との戦いという表面的な共通点以上に、『鬼滅の刃』と『地獄楽』は「敵にもかつて人間だった時間がある」という部分でよく響き合います。
炭治郎は鬼を倒す側にいます。
しかし鬼だからという理由だけで、その過去や感情まで否定しません。
斬らなければならない敵を前にしても、そこにあった悲しみを見る。
戦うことと相手を理解することが両立しています。
『地獄楽』でも、最初に貼られた「死刑囚」「処刑人」「化け物」というラベルだけでは人物を判断できなくなっていきます。
共に死線を越えることで、相手にも守りたいものや恐怖があると分かるからです。
また炭治郎と禰豆子の関係のように、大切な誰かの存在が過酷な戦いを続ける理由になっている点も、画眉丸の妻への思いと重なります。
残酷な世界でも人間らしさを手放さない主人公を読みたい人におすすめです。

3.『亜人』
『地獄楽』の不老不死や「死なない存在」に惹かれた人には、『亜人』がおすすめです。
亜人は死んでも蘇る。
一見すれば夢のような能力ですが、本作ではその性質が本人を自由にするどころか、人間社会から切り離す原因になります。
主人公の永井圭も、自分が亜人だと判明した瞬間から、それまでの生活を失います。
そして対立する佐藤は、不死性を恐怖ではなく戦術として利用する人物です。
「死なないなら何ができるのか」を徹底的に考えた戦闘は、能力バトルとして非常におもしろい。
一方で物語の根底には、死なない存在を人間として扱えるのかという問いがあります。
『地獄楽』でも、不老不死は誰もが欲しがる仙薬として登場しますが、神仙郷を知るほど「永遠に生きることは本当に救いなのか」が怪しくなっていきます。
生と死の境界そのものを、より現代的で冷徹な角度から読みたい人に向いた一作です。

4.『ドロヘドロ』
美しさとグロテスクさが混ざった異世界そのものを楽しみたいなら、『ドロヘドロ』がおすすめです。
魔法によって顔をトカゲに変えられたカイマンが、自分に何が起きたのかを探っていくところから物語は始まります。
世界はかなり凄惨です。
身体は壊れる。人は簡単に死ぬ。異形の存在も当たり前に歩いている。
ところが、作品全体が暗いわけではありません。
カイマンとニカイドウが食事をしたり、敵側の人物たちが妙に仲良く暮らしていたりする。
残酷な世界の中に、驚くほど温かい人間関係があります。
ここが『地獄楽』好きにはおもしろいところです。
神仙郷も異形だらけの地獄ですが、その中で死刑囚と処刑人の間に思いがけない友情や信頼が生まれます。
世界が壊れているからこそ、誰かと食べたり話したりする普通の時間が大切に見えてくる。
敵と味方の境界まで曖昧になっていく群像劇が好きなら、かなり深くハマれる作品です。
5.『サマータイムレンダ』
閉ざされた土地へ入り、正体もルールも分からない存在を相手に生き残る緊張感が好きなら、『サマータイムレンダ』がおすすめです。
主人公の慎平が戻ってきたのは、故郷の日都ヶ島。
幼なじみの死をきっかけに、島に人間そっくりの「影」が存在することを知ります。
最初は何が敵なのかすら分かりません。
何ができるのか。
誰を信用していいのか。
そのルールを一つずつ理解することで、生存の可能性が生まれます。
この構造は、神仙郷へ放り込まれた画眉丸たちにかなり近いです。
強いだけでは生き残れない。
敵の性質を知り、仲間の能力を理解し、情報を共有する必要があります。
そして物語が進むほど、「一人で勝つ」より「誰と一緒に生き残るか」が重要になっていきます。
孤島という逃げ場のない舞台、怪異の正体を解き明かすミステリー、仲間同士の信頼が積み上がる感覚まで含めて、『地獄楽』のサバイバル面が好きな人に特におすすめです。

まとめ
『地獄楽』では、多くの登場人物が死と隣り合わせの場所へ送り込まれます。
その状況では、それまでの肩書きが少しずつ意味を失います。
死刑囚だから悪人。
処刑人だから正しい。
人間だから味方。
怪物だから敵。
神仙郷では、そんな単純な線引きが通用しません。
『チェンソーマン』には人間と怪物の境界、『鬼滅の刃』には敵の中にも残る人間性、『亜人』には不死という能力の代償、『ドロヘドロ』には異形の世界で育つ奇妙な絆、『サマータイムレンダ』には閉鎖空間で未知の敵を理解しながら生き残る緊張があります。
どれも『地獄楽』と同じ物語ではありません。
しかし共通しているのは、極限状態になるほど「その人が何のために生きたいのか」がむき出しになることです。
画眉丸が最後まで求めているのも、最強の忍として認められることではありません。
帰ることです。
どれほど異様な島へ入り、化け物と戦い、死のすぐそばまで追い込まれても、その小さく個人的な願いが彼を人間の側へつなぎ止めます。
『地獄楽』を読んで、派手な戦闘以上に「この人たちには生きて帰ってほしい」と思った人なら、今回紹介した5作品にもきっと似た熱を感じられるはずです。

